だから君に歌を
千夏はびっくりしてその一万円札を隆の前に突き付けた。

「こんなに貰えないっ!」

今までこの灰皿に投げ入れられるのは殆ど小銭か、
多くて千円くらいのものだった。

隆は返された一万円札を見て困ったように自分の財布の中を見た。

「でも、今細かいの持ってないし…。お釣りある?」

「そんなにたくさんのお釣りなんか持ってるわけないし」

「じゃあやっぱ一万円で」

そう言って隆が再び一万円札を灰皿に入れようとしたので、
千夏は叫んだ。

「いい!いらない!無料サービス!」

いくらなんでも千夏の安っぽい弾き語り一曲で一万円なんてもらえない。

「でもなあ、それじゃあ申し訳ないし…」

隆は少し考えてから、
思い付いたように手を叩いた。

「じゃあこうしよう!俺にちょっと付き合ってくんない?」

「…は?」

「俺、一緒に旅行来た奴が腹痛でホテルで寝込んじゃってさ。一人で歩くのもつまんねーし。飯奢るからさ。それでいい?」

千夏はア然としてしまった。
これじゃあやっぱりナンパと変わらない。

千夏が黙っていると隆は困った表情で千夏の顔を覗き込んだ。

「…迷惑?」

その表情があまりに真剣だったので千夏はとっさに「や、別に」と答えてしまっていた。
< 19 / 189 >

この作品をシェア

pagetop