だから君に歌を
千夏は瞬きもせずに相手を見上げた。

「あ、紹介するな。俺の妹の千夏。で、俺の仕事の先輩の香織さん」

京平はそう言って千夏と香織にお互いを紹介した。

京平が千夏を妹、と言った瞬間、香織がホッとしたように表情を緩めたのを千夏は見逃さなかった。

「初めまして千夏ちゃん」

香織は媚びたような声色で千夏を馴れ馴れしく呼ぶと、千夏の方に手を差し出した。

千夏はその手を取るなんてことはせずに、
香織の言葉を完璧に無視し、ただ目の前に立て掛けられたメニューに目を通した。

「あ、そうだ。京平こないだお店に出すメニューのレシピ探してるって言ってたでしょ。知り合いがくれたから今持ってくるわね。ちょっと待ってて」

千夏に無視された香織はなんでもない風を装いながら手を引っ込めて店の奥へとそそくさと入っていった。

昔から京平に気がある女達は千夏に取り入ろうと、
媚びを売って来た。

彼女達の浅はかさには恐れ入る。

1番のライバルである千夏に気に入られるわけがないのに、
千夏にお菓子やら玩具やらを貢いでは満足して帰っていく様は見ていて面白かった。

そして彼女らは千夏の手によって失恋という、
苦い思いをすることになる。
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