だから君に歌を
それにしても、

「お店に出すメニューって何のこと?」

千夏にとっては初めて耳にする言葉だった。

京平の今の仕事は漁師の手伝いと、新聞配達に、運送配達。
それから単発でやっているバイトがいくつか。

お店やらメニューやら、
千夏は全く知らない。

「ああ。千夏にはまだ言ってなかったな。俺、親父達の店をやろうと思ってんだ」

「はぁ!?」

「少しずつ準備はしてあるんだ。後はメニュー増やして、宣伝だな。香織さんにも店の勉強してる時に会ってさ。このカフェやってるってんでそれ以来色々と協力してもらってんだ」

「ちょっと冗談やめてよ。あんな店、やる価値もないでしょ!?」

千夏は声を荒げた。

千夏たちの両親が経営していた家と繋がる居酒屋は両親が亡くなった時点で閉店し、そのままの状態になっていた。

狭い島での居酒屋の経営は細々としたもので、
千夏たちの生活はお世辞にも裕福と言えるようなものではなかった。

贅沢はできないけれど、それでも笑顔の絶えない温かな家庭。

周りから見ればそんな印象だっただろう。

けれど、千夏の店への印象は違っていた。

自営というのは大変だ。
両親は昼も夜も店に出ずっぱりで千夏は必然的に京平と二人きりで長い時間を過ごすことになる。

幼い頃からそんな日々が当たり前で、
千夏のこの京平への秘めた思いはそんなところから生まれたのかもしれない。

「私、反対だから」
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