だから君に歌を
『嫌!私も行く!連れてってよ!』

学校から帰ると京平がバットを持って家を出て行こうとした。

毎回の押し問答を今日も千夏と京平が繰り返す。

父と母は店に出ていて家には千夏と京平の二人だけだった。

二人しかいない。

京平までいなくなったら千夏はここに一人ぼっちだというのに、
今日も京平は出ていこうとする。

『だって千夏野球できないだろ?つまんないし、外は暑いし、倒れても知らないぞ?』

『いいもん。行くもん。京平と行くんだもん!』

小学生の京平と千夏は体格こそ大して変わらないものの、精神的には京平の方がずっと成長していた。

『連れてってくれなかったらお兄ちゃんなんか家に入れないもん!鍵、閉めるんだもん!』

千夏は短いワンピースの裾を掴み、じだんだを踏んだ。

悔しい、歯痒い。

野球なんか大嫌い。

大きな瞳に涙を滲ませ始めた千夏を見て、
京平は降参、と言った風に肩を落とした。

『来てもいいけど、つまんないぞ』
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