だから君に歌を
「なーんか気持ち入ってねーな。上の空だろお前」

千夏の歌声を聞くなり厳しく言い放ったのはリーダーの翔。

千夏はマイクを握り締めながら頭を掻いた。

今日は何度歌ってもダメだしされた。

「ごめん…」

「もーいーわ。今日はやめやめ。こんなんじゃどれだけやっても無意味。千夏、お前今日はもう帰れ」

翔は容赦ない。
体調が悪かろうが、
プライベートで何かあろうがそれを歌や演奏に引きずることを嫌う。

千夏は悔しいが言い返せず直ぐさまスタジオを後にした。

晶が千夏の後を追いかけてくる。

「千夏っ。どーしたんだよ。らしくねーじゃん」

「別にっ」

千夏は真っ黒なパンプスをカツカツと鳴らしながら地下鉄の階段を下りた。

切符を買って改札を通る。

「お前の荒れてる原因ってもしかして、ライブに来てたあの男なんじゃねーの?」

千夏は一緒に電車に乗り込んで来た晶の肩を押した。

晶はよろけて電車から下りる。

「違う。全然違う」

扉が閉まるのと同時に千夏は答えた。
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