だから君に歌を
千夏は千雪を産んだ後、退院するなり直ぐさま家を出た。

まだまだ母乳を必要とする、母が守らなければならない小さな命を、
千夏は京平に押し付ける形で島を去った。

目的はただ一つ。

楽器店のショーウインドーに貼られていたオーディションだった。

千夏には歌しか武器にできるものがなかった。

京平から離れて後に残るのは歌だけ。

けれどオーディションは一次を通過したものの、
二次で呆気なく落ちた。

それから今日まで、
必死だった。

仲間を見つけ、
仕事を見つけ、
居場所を見つけるのに。

必死で、
ろくに周りも見ずに。

もちろん過去など振り返るはずもなく。

前だけを見て来た。
< 85 / 189 >

この作品をシェア

pagetop