だから君に歌を
千夏は立ち上がって家の中へと走った。

小さな家の中で、両親の遺影の前に一人座っている背中を見つけて千夏はどうしていいのかわからず立ち止まる。

昨晩からずっと兄、京平は両親の葬儀のために働き回っていた。

その間、千夏は一度も京平の涙を見ていない。

本来なら昨日行われるのは両親の通夜ではなく、京平の高校の入学式のはずだった。

その入学式を見るために両親は沖縄本島へ向かったのだ。

千夏が戸の横に立って京平をじっと見ている気配に気がついたのか、
京平はふいに頭を上げて振り返った。

京平が千夏を見てホッとしたように表情を緩める。

『なにやってんだ。そんなとこに突っ立って』

『…別に』
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