だから君に歌を
「…そりゃ、どうも」

褒められる、ということに免疫ができていない千夏はどうも素直に喜べない。

そっぽを向いて小さく言った。

「でもさ、あんま。無理すんなよ?」

「へ?」

「最近のお前、初めて路上で見つけた時と同じ目をしてる」

「…どんな、」

翔は千夏の問いには答えずただ曖昧に笑った。

正直、
翔と出会った時のことはよく覚えていない。

ただ、
オーディションに落ちて、毎日ギターを抱えて路上で歌っていた気がする。

何を食べていたのか。
眠っていたのか。

記憶が欠落している。

「あっ、そーだ」

翔は思い出したかのようにポケットから封筒を取り出した。

薄いオレンジ色の封筒だった。

「これ渡しに来たんだった。マネージャーから預かって来たぞ、記念すべき初のファンレター」

千夏は翔の手から封筒を受け取り、宛名を見た。

表には事務所の住所とバンド名、そして千夏の名前が書かれていた。

見覚えのある、少し豪快な文字。

「でも、このファン、お前の本名と一緒なのな。珍しい苗字なのにすげー偶然」

封筒の裏を見て千夏は息を飲んだ。
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