俺が大人になった冬
「だよな……」

「向井くん、ズルいよ」

「ごめん」

「そんなこと言われたら、好きになっちゃうよ?」

頭を下げた俺の頭上で、軽く鼻を啜るように櫻井が言った。

「え?」

思いがけない言葉に焦って顔を上げると、櫻井は

「冗談! ありがと。そんなふうに言ってくれたの、向井くんがはじめて」

そう言って、櫻井はイタズラっぽく笑った。

「バイト遅れちゃうよ。早く行こ」

「お、おぅ」

今まで櫻井を『ウザい』と思い、まともに見ようとしていなかった。男に媚びることしかできない女だと……

でも、櫻井は櫻井で、色んなことを抱えているのかもしれない。



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