俺が大人になった冬
「嫌だった?」

「ううん。全然! いただきます」

言うと俺はまず卵焼きを口の中に放り込んだ。

「うまい!」

「本当!?」

「うん。俺の好きな味だよ」

弁当なんて……

手作りの卵焼きなんて……

何年ぶりに食べるんだろう。

この味、母さんの作った卵焼きの味によく似ている。

「よかった!」

女は安心したように、俺に笑い掛ける。

俺に向けられたその笑顔が、眼差しが、なんだかとても優しくて。

一口。また一口と弁当を食べるうちに、女の……彼女の作ってくれた心のこもった弁当の味が、とても温かくて……

胸に染みて……

子供のころの記憶がふっと頭に蘇ってなんだか切なくなり、胸が苦しくなった。
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