色、色々[短編集]

 ◇


 この時期になると、どこもかしもやたら浮かれ気味になっているような気がして、嫌いだ。
 数年前まで、あたしも同じように浮かれていたことは棚に上げて、二月に入れば毎日バレンタインという言葉を聞くだけで舌打ちをしたくなる。

「水華(みずか)は今年もなにもないのー?」

 毎月読む雑誌までバレンタイン一色。机に座ってその頁を見ながら渋い顔をしていると、愛美(あいみ)が明るい声で問いかけてきた。

 顔を上げると同時に、あたしの目の前の椅子に腰を下ろす。
 肩まである天然パーマには、季節に合わせているのだろう、ピンクとチョコレートのドット柄のヘアピンをつけている。イベントが大好きな愛実らしいチョイスだ。

 もしかしたらこの時期に合わせて先日買ったかもしれない。

 大きな瞳にあたしを映し出すかのようにじいっと見つめられて、再び本に視線を落としながら「なにが?」とわかっているのに知らないふりをして答えてみせた。

「なにがって、ほらー!」

 反応が薄いあたしを怒るように、あたしの読んでいた雑誌を取り上げてさっきまで見ていたハートのページを大きく広げて指を指す。

 ピンクの頁に所狭しとハートが飛び散っている。
 かわいい女の子のイラストに、『おすすめのチョコレート』という手描きの文字。

「バレンタインだよ、バレンタイン」
「わかってるよー、さっきまで見てたんだからあ」

 ムキになったようにあたしを見る愛美が可愛らしくて思わず吹き出しながら素直に答えた。
 あたしの返事に、「でしょ」とよくわからないけれど満足気に微笑む。

 楽しみで仕方ないのだろう。
 毎年毎年、愛美はこの時期になるといつも以上に楽しそうだ。

 それも分からないではない。愛美にとっては大事な日だ。そんなことあたしが一番よく知っている。

 だからこそ、心の底から楽しめないのだと、愛美は知らない。

「好きな人にー思いを込めて−」
「はいはいはいはい、残念ながら今年もなにもないよ−」

 正直この話は苦手。去年もこんな会話をしたような気がする。もちろん去年もなにもしないまま終わった。

 そもそも、思いを込めて、なんて柄でもないことは分かっている。

 あたしは愛美みたいに可愛いわけじゃない。
 大きな瞳でもないし、睫毛だって長くもなければ多くもない。愛美より高い身長はかえって可愛げなく見えるのも自覚がある。

 だからこそ、言わないし、そんなこと関係なくても、言えない。

「もー水華はクールなんだからー」

 子供のようにぷくーっとほっぺを膨らます愛美に「はいはい、で、今年はなにがいいの?」と問いかけると、色白の顔がぽっと桜色に変わった。

 愛美のすごいところはこういうところだろう。

 誰もが振り返る、アイドル並みの可愛さを所持していながら、それを決して特別なものだと思っていない性格の純粋さだ。

 告白される度に、律儀に頭を下げて「彼以外は考えられません」と口にするのだから。

 この時期になると、いつもあたしがチョコを作るのかどうかを聞いてくる。

 その理由は、たったひとつ。
 あたしと一緒にチョコレートを作りたいから。正確には教えてもらいたいから。

 愛美の欠点はただ一つ。手先が壊滅的に不器用ということだけだろう。料理に関しては最も不得手だと言える。包丁を持たさせれば必ず怪我をするし、油を使えば火傷をする。

 真面目なくせに、なぜか調味料をきっちり図ることが出来ないし、見極めることができない。お菓子作りに関してもどこまで混ぜればいいのか、焼き上がっているのかがわからないらしい。

 何度か一緒に作っているけれど、毎回頭を抱えたくなるほど不器用だ。

 自分がそれほどまでに不器用であることも、料理に向いていないことも自覚しているのだろう。だからこそ、あたしにもそういう相手がいれば頼みやすいと思っている。

 そんなの関係ないのに。一応気を使っているつもりなのだろうけれど……かえって複雑な気持ちになるなんて、予想もしていないんだろうなあ。


「水華料理本当に上手だよね! 毎年賢ちゃんへのチョコレートも凝っててすごく喜ばれるんだもん!」


 その台詞去年も聞いた気がする。
 その前も聞いたかな。

 愛美の言うように、料理はあたしの趣味のひとつで、人に教えることも愛美と一緒につくることも、楽しい。レシピを考えて何度か練習を重ねる真面目な姿を見ていると、あたしも嬉しいと思う。

 ただ。

「今年はどんなチョコレートがいいの?」

 バレンタインのチョコでなければ。

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