色、色々[短編集]

 海は十年、姿を変えることはなかった。

 目の前に広がるのは、三木里ビーチ。夏をすぎれば人気のない、ただのど田舎の浜辺だ。


「千歳《ちとせ》」


 堤防に腰掛けていると私を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると航《わたる》が立って手を振っている。足許は雪駄。この肌寒い時季に。彼はおそらく雪駄と運動靴以外の履物を知らないのだ。

「休みの日にばーちゃんの手伝いもしねーでまた海見てんのか」
「海見て黄昏れている」
「ばーちゃんが、昼飯作ったから帰って来いって」

 はあい、と返事をしてすっくと立ち上がり堤防の上を航の待つ階段に向かって歩いた。


 三重県尾鷲市三木里町。ここが私の暮らす町だ。

 住人の平均年齢は日本の寿命よりも高いんじゃないかと思うほどお年寄りばかり。最寄りの駅はもちろん無人駅だ。この田舎には、海と山と畑しかない。そこで、私は祖父母と、そして航と、四歳から十年間暮らしている。

 航とはいわゆる幼なじみだ。この町で唯一の同い年。小学校で同学年は航だけだった。山に入って山菜採りをしたり、猿から逃げまわったり、川で溺れそうになったり海で魚を釣ったりするとき、いつも隣には航がいた。笑うときも泣くときも、喧嘩するときも。

 隣に並ぶと、また航の身長が伸びたことに気がついた。


「昼はうどんらしい」
「えー。オシャレなパスタとか食べたい」
「文句があるなら自分で作れよ」

 できるなら作りたいけれど、近くのマキちゃんスーパーには粉チーズが売っていない。以前スライスチーズで作ったけれど全然美味しくなかった。

 マキちゃんスーパーとは、この辺で唯一の日用雑貨や食料品を売ってくれるお店だ。スーパーと呼んでいるけれど、実際には二、三畳しかない小さなお店で、所狭しと色んな物が置いてある何でも屋。主に乾き物やお菓子、日用品。野菜はほどんど自給自足で、海が近いので魚は近くの魚屋。そして困ったときに行くのがマキちゃんスーパー。粉チーズはないけれど、この町では十分なのだ。

 手作りの野菜は美味しいし、新鮮な魚も山菜も大好きだ。毎年町のみんなで作る味噌なんか絶品だと思う。味噌汁はもちろんだけれど、生姜につけるのが一番美味しい。味噌と一緒にしょうがを生でガリガリと齧るのだ。
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