色、色々[短編集]
「美弥?」
「――なに……」
呼びかけられる声にも顔を向けずに返事をする。顔を向けてしまえば、きっと赤いだろう顔が露わになるだろう。
だけどそれを何も言わずに、阻止するように、高谷はまた私の顔を包み、私の顔を見て優しく笑い私から煙草を取り上げた。
その煙草を高谷は軽く吸って、そし私たちを包むように白い煙を吐きだして――……。
キスをした。
煙草のキス。
そこからはまるで転がる石のように。そのまま思考回路を奪われて、そのまま空を仰いだ。視界は青く染まった。
「美弥」
呼ばれる名前が麻薬のように私の思考を奪い続ける。
麻薬はまるで体に蓄積されてでもいるのか、それからも屋上にと私は足を運んだ。
やめなければいけなかったはずだ。好きではないはずならば。
高谷の何を知っているわけでもないのに、逆に高谷だって私のことなんか知らないというのに。
ベッドで、愛の言葉を囁きながら抱き合って眠りたいと思えるほど好きなのかと自分に問うてみても答えは出ないままで。
なおさらやめるべきだ。
快楽なんかに溺れてどうなるのか。
あの場所に行かなければ会う事なんてあるはずがないのに。その程度の関係なのに。
「火、貸して」
その言葉に、今日も変わらず屋上で私たちは言葉を交わす。
そもそも高谷も何でこんなにこの場所に来ているのだろう。もしかしたらやれるから――……そんな理由なのかも知れない。
せめて、やる前にでも、やり終わってからでもいいから……私に優しくでもしてくれたらこの関係の先に何かを見つけ出せるかも知れないのに。
やめたいと思いながらもやめられない煙草。
その理由はきっと――……この関係のせい。
あなたは、煙草。
キスも苦いし手だって綺麗だけど煙草臭い。少し優しい微笑みに、声に、手。だけどそれだけで、結果的には全て苦しいだけ。
いいことなんて何もない。害にしかならない煙草のように、害にしかならない関係。
美味しくないのにやめられないのはきっともう、中毒。
名前を呼ばれている間だけ、私を抱いて行きを乱す間だけは――……錯覚のように、現実逃避でも、私のことを想っているのかも知れないと、そう思えたのに。
気付いてしまったからもう――やめなくちゃいけないんだと体が告げる。