色、色々[短編集]
「もしもしー? 終わったよー」
『おーお疲れー早いじゃん』
「和也は? 終わった?」
『終わった終わった。んじゃいつもの駅前で』
ビルを出て、付き合って2年になる彼氏、和也に電話を入れて待ち合わせ場所に向かう。
レイトショーを見に行くときの待ち合わせ場所だ。今日は映画ではなく飲みに行くのだけれど。
最近見つけた居酒屋があるらしい。美味しいらしく、せっかくだしクリスマスに行くか、と言い出したのは和也だ。クリスマスに居酒屋なんて色気がなさすぎるが、クリスマスを過ごせるのだからこの際文句は言うまい。
ご縁のなかった豪華ディナーに憧れる気持ちがないわけではないが、柄じゃないしね。この歳になるとそんな奇跡よりも、今仕事が上がれたっていうだけで十分だったりもする。
「よ」
「メリクリー」
待ち合わせ場所にいる和也が私に気づいて声をかける。
オフィスカジュアルに身を包んだ和也はどう見たって好青年。中身は全く違うのに。
「……お前、なんでそんな格好なの?」
「は? だって仕事だし居酒屋でしょ? いいじゃん別に」
近づいてきて眉間にしわを寄せる和也に首を傾げた。
なにが気に入らないのか。自分の服装を眺めてみるけれど、いつもと同じだと思う。いつもなにもいわないのに今日は突然なんなの。
カーキ色のジャケットに、中は黒のニット。ジーパンにファー付きのエンジニアブーツ。ショルダーバックに紙袋。
……やっぱり、おかしいとは思わないけど。
さっぱり意味がわからない私に和也は「まあいいか」とあきれたようなため息を落としてから背を向けた。
「予約したの?」
「してる」
なんか不機嫌だ。
いつもよりも歩く速度が速い。
……せっかくのクリスマスだって言うのに、なんでこんな気分にならなくちゃいけないんだろう。
楽しみにしていたはずなのに一気に気分が沈んでくる。
通り過ぎるカップルはあんなにも密着して、あんなにも幸せそうな笑顔を見せているのに。
和也とつきあって2年になる。
けれど、出会いから言えば今年で10年になるだろうか。
元々は同じ大学の友達だった。本当に、ただの友達で、一緒に酒を飲むだけの関係。社会人になってもその関係は続き、お互いの恋人の愚痴を言い合える心地いいものだった。
一緒にいて楽。
一緒にいて楽しい。
それがなんでつきあうことになったのか、というと成り行きだとしか言いようがない。お互い恋人がいなくて、お酒を飲みながらお互いに『あんたといるのはこんなに楽なのに』と言い合ったから。
じゃあつきあうかっていう軽い感じ。
それから2年。
確かに和也と一緒にいるのは楽だ。私のことをよくわかっているし、干渉もしてこない。
おしゃれなデートをしたことはない。甘い雰囲気に酔いしれるような関係でもない。お互いの家で好きなことをやったり、小汚い居酒屋で時間を気にせず飲んで笑い合う。
セックスだって至って普通だ。流れに身を任せるようにするだけ。愛のセリフを囁き合うことはないけれど、十分だ。
わがままなところはあるけれど多分お互い様だし、そんなところがかわいいなと思ったりもする。
好きだと思う。
いや、好きだ。
そして多分、和也もそう思ってくれていると、思う。
ただ、それを口に出したこともなければ言われたこともないけれど。そんなことは今更どうでもいい。
たぶん、この先も私は和也と一緒にいるんだろう。
誓いを交わすのがいつになるのかわからないけれど、なんとなくそう思っている。過去の過ちが心から払拭されたわけではないけれど、少なくとも私から和也に別れを切り出すなんて想像もできないのだから。