色、色々[短編集]
はあ、と小さくため息をついて自分の口の酒臭さに眉間にしわがよる。
お酒はそこそこ飲める方。
今まで吐くほど飲むことだってたくさんあった。吐いて飲むのもいつものこと。それがこんなにも次の日にまで残るのは初めてだ。
「バカだなあ」
酒に溺れて、忘れてしまおうと思った自分に。
嫌なことがあって飲むのはおそらく初めてのこと。
忘れてしまうほど、記憶を全て飛ばしてしまおうとそう思いながらお酒を飲んでお酒を飲んでバカをして笑って。
嫌なことも一緒に忘れてしまおうと思った。
ガタガタと揺れる電車が、私の視界もゆらゆらと揺らす。晴れた空が目の前に広がっているのにどこか現実味がない。
嘘のように明るすぎて私だけが昨日の夜から置いてけぼりを喰らっているかのようだ。
空を泳いでいる魚のようなフワフワとした気分なのに、どこか泥水の中を藻掻いているような窮屈さ。
――小百合は俺がいなくてもしっかりしているから。
ドラマの中だけの台詞だと思ってた。そんな言い訳じみた振り方。捨て台詞じゃないか。
夢見心地なんだからその言葉も夢だったかのように思えれば楽なのに、そんな風には全く思えなくて。むしろ今の現実味のない時間の中でそれだけが唯一の事実なんだとさえ思う。
「バカ」
自分に対してか、それとも、一週間前に去っていった元のつく彼氏に向かってか。
誰にも聞こえないように呟いて、目を閉じて空の青さを思い出した。いっそこれがいっそ今が夢であればいいのにと思いながら。
5年一緒に暮らした。
同棲していた訳じゃないけれど、ほぼ毎日を一緒に過ごした。
実家暮らしの彼が私のマンションに入り浸っていたことは私にとっては嬉しかったし、私に出来ることはしてあげたいと思った。
――彼がこの場を、心地よい場所だと思ってくれるのならば。
だけど待っていた結果は他に好きな女の子が出来たとか言う訳の分からない言葉で、残されたのは1人で食べるには多すぎる一週間分の食材。
どうしろっていうんだ。
あっけにとられて、あきれ顔で彼を追い出して少し広くなったベッドで1人大の字になって眠った。
寝て起きていつものような一週間が始まって、毎日同じように遅くまで仕事して、1人分の食事を作ってお風呂に入って洗い物をして寝る。
そんな一週間。
誰のためでもない。
ただの習慣。
そんな習慣を忘れたくて、地元の友達との忘年会と夏の飲み会くらいでしか泥酔しないほどのお酒をたまには花の金曜日に浴びてみたいと思ったんだ。