色、色々[短編集]




 和希とは、大学四回のときに友達の紹介で出会った。会う回数を重ねるたびに自然と“好き”の気持ちが生まれ、育ち、付き合うようになった。明確に、言葉にして告白をされたわけでもなければ、“付き合おう”という会話もなかった。気がつけば私は彼に抱かれていたし、私もそれをなんの抵抗もなく受け入れた。それに不満は抱いていなかった。

 彼が私を好きなことも。私が彼を好きなことも言葉にしなくてもわかっていたから。

 だから、私の部屋でテレビを見ながら『一緒に暮らそうか。その方が楽だし』とムードもへったくれもない彼の言葉も『いいよ』と軽い言葉で受け入れた。

 そんな風に始まり過ごしてきたこの二年間は、いつも穏やかで、楽しかった。
 わかりやすい優しさは見せない人だったけれど、些細な言動にそれは十分感じることができた。

『美治』

 彼が私を呼ぶその声が大好きで、抱かれるたびに何度も名前を呼んでと要求した。その度に彼は、呆れたように、だけど優しく微笑んで名前を呼んでから一気に私を責め立てる。

 私の口を塞ぐ彼の薄い唇に、私の胸を包む大きな手。私の名前を呼ぶ少ししゃがれた声。いたずらっ子のような瞳。

 好きだった。間違いなく、確実に。


 けれど、もちろん、彼との生活になにひとつ不満がなかった、というわけではない。
 食生活に関しては、相容れることができなかった。

『……お前、ほんっとそれ、好きだよな』

 晩ご飯を一緒に食べていると必ず、信じられない生物を見るかのような目で私を見つめながら、和希は言った。

『食べる?』

 そう勧めても、彼は『いらねえよ』と苦笑して自分のご飯を食べる。
 食べもしないで“まずい”と決めつけるなんて失礼だと思う。確かに、見た目はあんまりよくないかもしれないけれど……。


 真っ白のご飯――と、ほどよく溶けたチョコレート。それが私の定番メニューだった。


 私がこの世で最も嫌いな食べ物、それが白いご飯。

 けれど、昔から嫌いだったわけじゃない。むしろ幼いときはご飯だけを食べるほど大好きだった。“もう食べたくない”と思うほど。

 つまり、結果、飽きてしまい今に至る。

 今ではこんな味のない食べ物を茶碗いっぱい食べなくてはいけないのかわからない。カレーや炊き込み御飯なら渋々食べれるけれど。

 しかし、ご飯を食べたくないと思ったところで、簡単に避けることができないのが日本人。いい年してこのままではいけない、なんとか食べられるようにならなくちゃ、と思い、試行錯誤を重ねた結果、一番私に合った食べ方が“ご飯にチョコレート”だったのだ。

 甘いものが嫌いな彼にとっては、毎日チョコレートを食べる私を理解できなかったのだろう。私から言わせれば、甘いものが嫌いであることの方が理解できない。

 ついでに言えば、和希はご飯が何よりも好きな人だった。よく『こんなに甘くておいしいのに』なんて言う。味覚がおかしいんじゃないだろうか。

 毎日ご飯が食べたいと言う和希のために、渋々毎日お米を炊き、食卓に並べた。故に、私はほぼ毎日“ご飯にチョコレート”を食べているだけだというのに渋そうな顔をされるのは納得できない。

『そんなに食べ続けて、チョコレートもご飯みたいに飽きねえの?』

 諦めたようなため息を落としたあとは決まってそう言われた。

 飽きるなんて、一生食べ続けても、天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。私にとってチョコレートは別格。なににだって合うし、むしろなお一層美味しくしてくれたりもする。

 どんな好物だって、食べ続けていくうちに多少なりとも飽きてしまったりする中で、たった一つ、変わらない好物。奇跡の産物だ。作った人に拍手を送りたい。

 きっと、チョコレートがあれば大丈夫なんだ。それさえあれば、好きでなくなったものも、私には瞬時に好物になる。そう、白ご飯のように。
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