色、色々[短編集]

 彼が亡くなったのは昨日の二十三時過ぎ。私の家からの帰り道、高速道路の合流地点近くに車が止まっていたらしく、それを慌てて避けようとして衝突し、その衝撃で対向車線まで吹き飛ばされたらしい。そして走ってきたトラックにどかんとぶつかったとか。

 何年ローンかのバイクも大破したことだろう。なんせ彼は即死だったのだから。バイクに慣れている人ならば、そういう場合倒れて転けるようにするらしいけれど、バカな男は避けようとした。本当になんてバカな男だろう。家にお気に入りのZIPPOも忘れて帰ってたし、事故に遭うし、死ぬし。結局残ったものはローンだけ。

 やっぱりあいつはローンをするのが趣味なんだと思う。


「真琴ちゃん」


 煙草を吸いながら彼の嘘くさい笑顔を見つめていると、背後から名前を呼ばれて、煙草を咥えながら振り返った。康也の会社の先輩が入り口のそばで私になにか言いたげな表情で見つめている。

 何度か一緒に飲みに行ったことがある人。阪神の試合も一緒に見に行ったことがある。

 ここで康也の通夜があるのだと教えてくれたのもこの人。今日ここまで車でつれてきてくれたのもこの人。


 先輩は呼びかけたくせにそれ以上なにも語らず、様子を伺うような眼差しを向けるだけ。もしかして私にまだ帰らないのかと聞きたいのかもしれない。


「先、帰ってもらっても大丈夫ですよ」
「でも……車ないだろ?」
「大丈夫ですよ。世の中にはタクシーって言う便利な乗り物があるので。しかも土足禁止じゃないし」


 ふ、と息を吐き出しながらそう告げると、先輩は苦笑を零した。彼の返事を聞くことなく、視線を再び康也の写真に戻す。

 ああ、何であんな写真を遺影に選んだんだろう。私の持っている康也の写真の方がずっと自然な笑顔なのに。

 そんなことを考えていると、背後の先輩が踵を返したのがわかった。先に帰ってくれたのだろう。まだここを立ち去るつもりもなかったし、また車の中で数十分、先輩の話を聞く気もなかった。

 きっともう、先輩とは二度と会わない。本当は今日だって、会うはずじゃなかったっていうのに。康也のせいだ。本当にタイミング悪い。もしかしたら最後の嫌がらせなんじゃないだろうか。


『康也煙草吸いすぎじゃない? 一日何本吸ってるの』
『いいんだよ、おいしいから。俺は肺ガンで死ぬんだ』
『肺ガンってすっごい苦しんだよ。ずーっと溺れてるみたいに苦しいんだって』
『いいじゃん、それ。煙草で溺死みたいなのかっこいい。一緒に溺死しようぜ』
『なにそれ、バカじゃないの? しかも私も一緒に死ぬとか嫌だし』
『いいだろ、愛する人と一緒に死ねるなんて』


 そんな話をしたのはいつだっただろう。その話をしてから、彼は煙草を吸うたびに『溺れて一緒に死ぬんだ』と口にしていた。それはとても嬉しそうに。

 いい迷惑だ。一日三箱近く煙草を吸う彼と一日十本前後の私を一緒にしないでほしい。

 ちっと舌打ちをしながら、持ってきた携帯灰皿に火を押しつける。喪服にはいつの間にか散らばった白い灰がついていて、それが彼の灰のように見えた。まだ焼かれてないのだからそんなものあるはずもないのに。
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