世界の終末に。
1
空が青い。
今にもあくびをしそうな、パステルブルーがぼんやりと頭上に広がっている。
平和だ。
とても今日が世界の終わりだとは思えない。今この時間の延長線上に当たり前の様に明日が存在していそうだった。
あのニュースは、いまちょっとしょぼくれた世界へのサプライズみたいなもので、いたずら好きの誰かが国家やら政府やらを動かして巻き起こしている壮大な嘘だと言った方がよっぽど自然に思えた。
「嘘みたいね。」
青い缶に入ったバタークッキーを食べながら、春香は呟いた。
「だよなあ。」僕もクッキーを一つ摘んで口に運ぶ。やたらとバターの風味が強い。カロリーもきっと相当なものだ。彼女はこのバタークッキーと共に、スターバックスの甘いカフェオレにメープルシロップを注いだものを飲んでいる。思わず、太るよと言いそうになってやめる。明日なんてもう来ないのだから。
「…ココアが飲みたいな。作ってくる、省吾も飲む?」
「ああ、甘さ控えめにしてくれよ」
「なあに?あんたまでダイエット中?」
彼女はくすくすと笑ってみせた。
「俺、甘いのはダメ」
彼女特製のココアは、その味覚を疑う程甘い。
付き合いはじめの頃は味覚障害すら疑って、本気で通院を勧めた。確かそこで喧嘩になったっけ。
ココアの甘い匂いが狭いアパートを満たした。 匂いが鼻孔をくすぐるだけで胸焼けがしそうになる、彼女はまたハチミツやらバニラエッセンスやらを加えているのだろう。戸棚をあけてしめる音がする。
皿をだす音、彼女お気に入りのマグカップをだす音、彼女のあるく音、引き出しの音、袋の音、また新しい菓子を出す気だ。
人間はそういえばこんなにもたくさんの音を出して暮らしていたのだ、と妙な感慨に耽る。
案の定、ココアは甘かった。それを指摘すると、彼女は、そう?と首を傾げて僕のカップに口をつけた。
「こんなの普通じゃない。わたしの方が甘いのよ、」
信じられない。
飲んでみる?とピンクのカップを差し出されるが首を横に振る。
とんでもない。地球最後の瞬間を、激しい胸焼けと共に迎えるだなんて。
彼女はもう既に糖尿病なのではないか。思わず口に出しそうになってそれをやめた。
何も心配しなくても良い。明日はもうこない。