水曜日、16時20分
先生は着流し姿になっていて、掛け軸を背に目を閉じている。寝ているわけではない、と思う。
あ、目を覚ました。先生って意外とまつげ長いんだな。一重だけど。
「カシラ」
「あ、おはようございます」
「? おはよう」
何言ってるんだ私……
「頭、説明できる?」
「えと、普通の説明でいいんですよね?」
「普通以外に何があるんだよ」
「はい。じゃあ私から説明させていただきます。茶道には亭主に茶器の作と銘を問い、亭主がそれに答える行事があります。それを"拝見"と呼びます」
「サク?」
葛木萌が言った。
「メイ?」
奇しくも自らの問いと同じ名前である香山芽衣が言った。
「行事って。いいけど。作っていうのは作者、器を作った人。銘っていうのは、まぁ名前だね」
2人の問いに答えて、先生が私の言葉に説明を付け加える。
「茶器に名前があるんですか?」
「なんでもいいんだけど。今、季節や風景を連想させるような名前を、そう。つけてやる、かな」
芽衣が聞いて先生が答えた。
「頭、手本を先に見せるから。亭主やって」
「はい、あ」
作者が分からない。あわてて先生を見る。と、目が合った先生が近づいてきた。
「……!」
思わず身を固める。雨城先生は私の耳元に口を寄せて、作者の名前をぼそりと告げた。
きっとほかで見ていた誰にも、何をしたのかは分かるまい。
先生が手本を見せた後、新入生の芽衣と萌がその真似をした。私の真似を、ひとつ下の後輩達がした。
先生はその間うろうろと彼女たちの間を回って、
「ほらほら、リラックス。お茶を楽しみなさい」
なんて肩に手を置いたり、
「姿勢。首落ちてる。引っ張ってあげようか?」
なんて本当に引っ張ったりしていた。
「この茶杓は結構に貴重な品でね、それなりに高名な人物の作なんだよ。歴史を知れば名も知れる。その人物の人生に思いを馳せる。生まれや故郷、家族。その心を継ぐ。そういったものがこの"拝見"には意味づけられているんだ」
そんなんだから勘違いされるんだよ。
私は言わなかった。
言えるわけがない。
どこか遠い、その光景を見ながら雨城先生が耳元で囁いた声が、未だに耳で残響だ。
あ、目を覚ました。先生って意外とまつげ長いんだな。一重だけど。
「カシラ」
「あ、おはようございます」
「? おはよう」
何言ってるんだ私……
「頭、説明できる?」
「えと、普通の説明でいいんですよね?」
「普通以外に何があるんだよ」
「はい。じゃあ私から説明させていただきます。茶道には亭主に茶器の作と銘を問い、亭主がそれに答える行事があります。それを"拝見"と呼びます」
「サク?」
葛木萌が言った。
「メイ?」
奇しくも自らの問いと同じ名前である香山芽衣が言った。
「行事って。いいけど。作っていうのは作者、器を作った人。銘っていうのは、まぁ名前だね」
2人の問いに答えて、先生が私の言葉に説明を付け加える。
「茶器に名前があるんですか?」
「なんでもいいんだけど。今、季節や風景を連想させるような名前を、そう。つけてやる、かな」
芽衣が聞いて先生が答えた。
「頭、手本を先に見せるから。亭主やって」
「はい、あ」
作者が分からない。あわてて先生を見る。と、目が合った先生が近づいてきた。
「……!」
思わず身を固める。雨城先生は私の耳元に口を寄せて、作者の名前をぼそりと告げた。
きっとほかで見ていた誰にも、何をしたのかは分かるまい。
先生が手本を見せた後、新入生の芽衣と萌がその真似をした。私の真似を、ひとつ下の後輩達がした。
先生はその間うろうろと彼女たちの間を回って、
「ほらほら、リラックス。お茶を楽しみなさい」
なんて肩に手を置いたり、
「姿勢。首落ちてる。引っ張ってあげようか?」
なんて本当に引っ張ったりしていた。
「この茶杓は結構に貴重な品でね、それなりに高名な人物の作なんだよ。歴史を知れば名も知れる。その人物の人生に思いを馳せる。生まれや故郷、家族。その心を継ぐ。そういったものがこの"拝見"には意味づけられているんだ」
そんなんだから勘違いされるんだよ。
私は言わなかった。
言えるわけがない。
どこか遠い、その光景を見ながら雨城先生が耳元で囁いた声が、未だに耳で残響だ。