━ 紅の蝶 ━
━ 紅の蝶 ━
男は何かから逃げていた。
細い道を駆け抜け、道なき道をひたすらと。
辺りは暗い。
どれだけ走っていたのか。
月明かりしかない夜道を、男は走っていた。
そしてハッと、我に帰るのだ。
ここは、一体、何処なのだろう。
唐突に自我を取り戻す男は、辺りの変わりように暫し沈黙する。
否、言葉が出なかった、と言う方が正しいのではなかろうか。
これは、夢なのであろうか。
足もとが、一面、見渡す限り、紅い。
一面の――……紅。
血。
だと錯覚を起こしたのも束の間、男はその紅の中央――正確には中央かすらも不明だが――にポツリと存在する、黒い影を視界に捉えた。