━ 紅の蝶 ━
その影は、よくよく確認すると、人影であった。
黒いと思ったのは、人影の頭部から一メートル以上に達して流れる、漆黒の髪の毛。
それは、一人の少女。
男がそう認識するまでに、要した時間は五分か。
少女を基点として見渡した紅が、一面の彼岸花であると理解したのは、その直後である。
血、ではなかったのか。
安堵の息をついた男は、しかし、不意に自分の状況を思い出し、後方へと視線を巡らせる。
だが、そこに追手の姿はない。
否、追手がどんな姿をしていたのかも不明なのだが、そこに何も居なければ、逃げる必要はないのだ。
再び前方を向いた男は、瞬間、小さく悲鳴を上げた。
少女がこちらへ視線を向けて居たのである。
髪と同様の漆黒をした大きな幼い瞳が、幼いが故の好奇心を露わにした視線を、男へと向けていたのだ。
逃げようか、とも考えた。