━ 紅の蝶 ━


「そ、そうなのか……。しかし、こんなところに、こんなに彼岸花が咲いていたとは、知らなかったな。ここは、何処かの野原なのかい? 暗くて、遠くまで見渡せない」

 男は背を伸ばし、辺りを見渡す格好をしてみせる。
 少女は手に持っていた彼岸花を眺め、静かに答えを口にする。

「……野原ではないわ。ここは、村なのよ。小さい村なの」
「村……だと? 馬鹿な。こんなところに、村があるなどと言う話は聞いたことがないぞ」

 普段の調子を取り戻しつつある男は、自分の発言に暫し戸惑った。
 “こんなところ”などと口にしてしまったのはいいが、そもそも、ここが何処なのか、わからないのである。
 口を閉ざしてしまった男を見上げ、少女がほくそ笑む。

「いいのよ。知らなくて当然だわ。だって、この村には名前がないのだから。知られて居なくて……そうね、貴方が知らないのは、普通のことなのよ」

 言いつつ、目を伏せて、彼岸花を見下ろす少女の口調は、年相応のものにはとても思えず。
 男は、戸惑いつつも、

「そうなのか……」と一言だけを返した。


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