━ 紅の蝶 ━


 次いで、沈黙。
 男は成す術もなく、ただ彼岸花を眺める他ない。
 否、辺りには彼岸花以外、視界に入ってくるものはなく。
 言うならば、彼岸花しか眺めるものがない、ということである。
 それか、自分の眼下に座る、少女。

 彼岸花を幻想的に映し出すのは、頭上から降り注ぐ月の明かり。
 その部分だけが、例えるならば吹き抜けの如く、木が退いているのだ。
 不思議な空間ではあるが、何故だろうか。

 ここを、昔から知っていたようにも思えてくる。

 彼岸花の魅惑的な姿に、脳を刺激され、またも錯覚を起こしているのだろうか。
解らない。
 ここに、自分が存在しているのだという事実だけしか、解らない。

「……ひとつ、お尋ねしてもよろしいかしら?」

 突然、下から聞こえてきた鈴のような声に、男は弾かれたように顔を下方へと向ける。
 少女が、男へと目を向けていた。

 いつから、見ていたのだろうか――。


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