━ 紅の蝶 ━
少女は彼岸花への視線をそのままに、小さな頭を縦に振って意思表示をする。
「平気よ。心配する人など、私には居ないんだもの。……一人よ。私はひとりぼっちなのよ」
静かに言い切り、少女は瞼を伏せた。
とても美しい光景だった。
月明かりの淡い緑が、色素の薄い少女の肌を照らす。
微かに揺れた漆黒の髪は、その月光に輝き、輪を作る。
彼岸花と同色の着物が、光沢のある生地なのだと認めたのはこの時が初めてであり。
――幻想的な光景であった。
この世に、このような美しい生き物が存在していたとは。
男は、己の動悸が不可思議な音を立て、波打っているのを自身で感じ取った。
呼吸すら上手に出来ぬ、生まれたての赤ん坊の如く。
「……お、お譲さん……それならば、私が一緒に居てあげよう。私はすでに、帰り道がわからない。このまま引き返して森から抜け出せるやも知らん。それに、私は何者かに追われている身だ。例え村に帰還できたとしても、私は迎え入れてはもらえないだろう。どうだ? 私ならば、君と一緒に居られるのではないだろうか?」