小説の書き方

一人称

一人称。
人称を選ばないといけません。

もし、一人称を選ぶとします。
一人称が一番簡単である。
それは嘘です。
一人称って難しいものなんです。

一人称は五感が直接に伝わってきます。そのせいで、月並みな言葉を並べてみたり、物語に関係のない心理描写を永遠と喋らしてしまう。

そして、日本語はIだけではありません。
俺、僕、あたし……
色々な物を決めなければなりません。
語り部の一人称だけではなくて、
他の登場人物の人称も選ばないといけません。


ここでワンクッション。

人でない物に人称を与えること。
それは「我輩は猫である」です。
我輩(人称)は猫です。
しかし、作品の上手さというのは五感を鮮やかに書き上げてしまう点。私が猫なんて小説を書けば「安っぽい物語」にしかならないんですよね。



一人称は必ずしも一人だけと限りません。
全ての章で、違う一人称を操る人がいます。
これで有名なのはフォークナー。
「複数による内的独白」
(複数の心の声を描くこと)
そんな体系ができあがりました。

この体系で、一つの事件に複数の一人称の視点を描くことで物語を豊饒にさせたのです。

これを三人称で描くとどうなるでしょうか? 


三人称のなかで視点は切り替わるものの、心理描写は複数の一人称より少なくなるし、はっきりとした差異を出すのは困難です。複数の主観を扱うことができるからこそ、こういった一つの書き方があります。

試してはいかが?

続く。
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