幾千の夜を越え
赤子の頭を二度三度と撫で付け
更に続ける。

「狼狽えるでない懸念せずとも、凶変はやがて転ずる…」

それを期に赤子の呼吸はしっかりとしたものに変わっていく。

顔を見合わせる村人の一人が他を押し退けて前へと進み出た。

「偉そうに…おらんとこのじい様が今暁に往生した…」

悔し気に拳を震わせている。

村人の訃報は直ぐに耳に入る様になっているはずだがそれは届いていなかったことに眉根を寄せる。

「それは…悔恨致す」

「尊に…」

群衆の一人の声に反応する。

「尊に山神様へ輿入れしてもらえんか?」

顔を向けた時には遅かった。

「そうだそうだ…それが良い」
「それしかもう手はねえな」
「輿入れしてくだされ」
「尊なら当然じゃ」
「村人の為にお願いしますだ」
「快くお引き受けくだされ」

止める間もなく堰を切った様に、口を揃える。

「黙れ!
貴様等その意味合いを把握しての公言なのか!」

権勢に一度は鎮まった様に見えたのだが。

「伝染る心配のねえ高見に居る
若造が何を偉そうに言ってる!」

一人が口火を切ると。

「んだんだ!おめえらおらさ達を馬鹿にして見捨てる気だろ?」

後はもう砂山を切り崩して行く様に止めどなく逆上の声が上がる。

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