幾千の夜を越え
子供が親が恋人が亡くなることに恐々とし精神的に追い詰められた結果だ。

誰も責めることなど出来ない。

そうは解っていても村人の身勝手な言い分を思い出すだけで今でも激昂する。

ぶつ切りの記憶はその中にあって次々と鮮やかに蘇っていく。

「右近よ…余に何を隠しておる」

真下から見上げる様に真っ直ぐと視線を投げ掛ける尊の瞳に。

「何も。愚生は尊に隠し事などは致しません」

飄々と答える。

「虚偽じゃな!
余にも解っておる余を差し出せと申しておるのじゃろう?」

答えるまでは動かないとでもいうのか目の前に立ち塞がって視線を外さなかった。

「何のことやら存じ上げません」

平然とした態度を崩さず答える。

業を煮やし尊は足を叩き付けた。

「行儀がお宜しく御座いません」

「何故じゃ?」

「才媛が下肢を踏み鳴らすなどと風儀も見られないからです」

澄ました顔で対応すると。
ムッと膨れっ面を取った。

「その様なこと聞いておらんわ!何故、余を差し出さん!」

「二度と!」

尊の手を掴み上げ声を荒げる。

「二度と…その様なことを仰有られてはなりません」

が、直ぐ様離し平静を維持した。

「余は氏子の為に存在するのだ。氏子が救いを求めている時に手を差し伸べずにどうするのじゃ!」

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