幾千の夜を越え
強引に左近を振り払い
尊の元へ急ぎ向かう。

今や尊は危険の極致に居られる
一寸でも離れるべきでない。

「右近様!」

太蔵丸が走り寄り跪く
その呼吸の乱れから
善からぬ想像が頭を過る。

「何事だ?申してみよ」

あくまでも冷静に対処する右近に太蔵丸の額から吹き上がった汗が一筋流れ落ちていく。

「尊様が外へ出られた様です…」

「戯れ言を尊が何故外出出来る?
御付きは何をしていたのだ?」

冷淡に問い掛ける右近に
太蔵丸は息を飲み縮こまる。

「左近!村へ下りる付いて参れ」

右近の緊迫した様子に一言も発せず左近も踵を返す。

「小生もお供致します」

慌てて立ち上がる太蔵丸に右近は

「為らん!」

僅かに声を荒げ振り向くことなく

「太蔵丸は此処へ残れ」

ピリピリと肌を刺す様な威圧感を残したまま冷徹に言い渡す。

「尊が不在とあらば益々混乱し、要らぬ詮索を受けるのみ。
太蔵丸は尊の代わりを勉めよ。
痛くもない腹を探られぬ様に…
用心致すのだぞ」

含みを持たせた一呼吸の間の意味を太蔵丸は気付いているのか。

尊のご乱心の噂が立てられた今、不信感を招く行為は避けたい。

又、御付きも付けず独り歩き為される尊のそれは人知れず尊を葬り去る絶好の機会を与えているに過ぎない。

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