幾千の夜を越え
右近は尊を見殺しにした。

その事実に愕然となり膝から崩れ落ちていく。

変えられない過去の出来事なのに何より大切な尊を自ら手放した。

今の俺なら葵の手を何があっても離したりしない。

例え世論を敵に回したとしても…俺だけは葵を守り抜く。

あの時代はテレビもラジオもメディアなんて物はない狭い世界だ。
村人が全てだった。

村人の声に重圧に右近は負けた。

「右近を自分を信じられないか?右近の守りたかったのは何よりも尊の意志だった筈だぜ?」

肩を掴む奴の手を振り払う。

「今更!綺麗事を並べたところで過去は変えられないんだ!
右近は尊を見殺しにした!
それが事実だ」

哀れみの目で蔑んで一瞥した後で軽く息を吐き出すと大袈裟な程に落胆した様に俺に向かい合う形で膝を折って見せた。

「人間ってのは弱いんだよ…。
どんなに強く見せてる人間でもな自分の中心にあるたった一つ信念を曲げられたら脆いんだよ」

奴がすっと手を伸ばし
俺の胸に指を当てる。

「お前の右近の信念は何だ?」

奴の指が当たった場所から徐々に体が熱くなっていく。

何かが流れ込んで来てる様な錯覚さえ覚える不思議な感覚だ。

体が熱くなるのに反比例して
頭だけは冴え渡っていく。

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