幾千の夜を越え
白無垢に包まれた尊を

「お綺麗で御座います」

涙声で太蔵丸が送り出す。

山神へ輿入れすべく婚礼の儀が
執り行われる本殿を右近は遠く
離れた場所から見ている。

尊の隣には誰の姿も無く。

儀式だけが厳かに進められた。

本殿から神殿へと向かう尊に、

「お役目ご立派に御座いました」

左近が膝を付き畏まって告げた。

内心何が立派なものかと立腹する右近だったが悟られぬ様に平常心を保っていた。

「うむ。左近も今日までご苦労であったな」

尊の微かな笑みに
取った手を強く握る。

御付きが1人1人と離れ
白無垢のままでは歩き難い獣道に差し掛かる時には尊と2人きりになっていた。

「今なら…まだ間に合います」

たった一言その言葉に託した思いを尊は微笑みで返す。

「凝れより先は愚生しか存じ得ぬ場所に御座います故に尊と云えど帰すことは叶いません」

右近の手をしっかり握り返す力に尊の思いを感じ取っていた。

「参りましょう」

右近は知っていた。

この先の神殿と呼ばれる場所には何も無いことを…。

神殿の中の祭壇が唯の固い岩肌に過ぎないことを…。

最後の最後まで、

尊が取り消すと告げることを祈っていた。

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