幾千の夜を越え
神殿から山神の社へと移動する尊を何故か抱き抱えて歩いていた。

「慎右衛門のせいじゃからな…」

頬を紅色に染め上げる尊は拗ねた素振りで右近の襟元を掴んだ。

「はい。重々承知致しておりますご安心ください」

尊を抱え獣道を歩き続けるのは、正直かなりキツかったがその腕に係る重さが幸せの重さに感じた。

「慎右衛門の…せいじゃ」

「はい承知致しております」

何度目かの同じ会話にも頬が弛み益々尊を愛しく思った。

「右近様!」

2人の姿を認めた太蔵丸が走り寄ってきた。

「如何されました尊様?」

右近に抱き抱えられた尊を太蔵丸が心配そうに覗き込むが。

「案ずるでない」

顔を隠す様に背けた。

「右近様?」

尊を諦め右近に尋ねる太蔵丸が
見上げていた。

「ふっ」っと柔らかい笑み漏らし、

「社の準備は整って居るのか?」

話題を反らす。

「はい。…ですが右近様と云えど山神の奥方になられた尊様の社へ立ち入ることは禁じられてます」

申し訳なさそうに告げる太蔵丸に

「心得ておる。降ろせ…右近」

尊が右近の手を離れた。

「世話になった…右近」

背を向けたまま告げると
振り返ることなく社へと
踏み入れて行った。

「尊…」

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