幾千の夜を越え
ぽっかりと抜け落ちていた。

神殿での出来事だけが…。

思い出そうとしても

「太蔵丸!そこを退け!」

社の前で立ちはだかる太蔵丸の
震える姿。

「此処より先お通し出来ませぬ」

震える体で右近の前に両手を広げ立っていた。

「尊に会わせないつもりか!」

「尊様がお会いになりたくないと申されております」

山神への輿入れなど形だけの物だこの社に居ては尊は飢餓する。

「太蔵丸!退け!」

尊によく似た太蔵丸も又、
以前より痩けているのは

尊と同じくこの社に着いてからは何も口にしていないからだろう。

「命を賭けてお通し出来ませぬ」

「よいか太蔵丸、よく聞くのだ。このままではお前も飢え死ぬのだ此処を通せ!」

男子である太蔵丸でさえふらつくのを見る限り尊も永くはない。

「右近様のご命令でもお聞き入れ出来ませぬ!」

誰も居ない社に置いておけないと尊を連れ出しにきたのだが…。

「退け…」

キツい言葉とは裏腹に
腹の底が冷え込む様な
冷たい声で呟く。

「退かねば…切り捨てる…」

行方を阻む太蔵丸に刀を向けた。

「命ある限り退きません!
お許しください」

尊1人を守る為に右近は刀を抜き

「…お前の心根立派であったぞ。太蔵丸よ次代は善き世に…」

刀を振り上げる。

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