幾千の夜を越え
瞳閉じその瞬間を耐える太蔵丸に右近は刀を振り降ろすことなど…出来なかった。

刀を鞘に収め、
無言でその場を立ち去った。

必ずや尊を太蔵丸を助けに来ると決意して。

思い出せない。

大切なことのはずなんだ。

焦れば焦るほど…。

「逃がさぬ!」

次々と湧き出る亡者に
華麗に舞い踊りその手刀の先から水柱が意思を持って飛び回る。

ある亡者はその水圧に押し潰されある亡者はその勢いに飲み込まれある亡者は刀となった水流に切り裂かれていく。

頭の奥には当時の映像がまざまざと浮かび上がっている。

鼓動は当時そのままに高鳴り打ち響く。

鼓膜の底に貼り付いて剥がれない亡者の雄叫びに断末魔…。

逃げ惑う村人の足音と悲鳴…。

村人が犠牲になることなどでも、亡者と対峙することでもなく…。

唯、社に残した彼女が気掛かりで

堪らなく怖かった恐ろしかった。

一刻も速く確かめたかった。

万里の理を侵した者がいる…。
尊の肉を喰らいし者がいる…。

想像するだけ体の力が抜ける。

ボロボロの体を引き摺り急ぎ社へ向かう感覚が今尚この体を震わせている。

焼け焦げた煤の匂いに…
擦れ違う村人の引きつる顔に…

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