幾千の夜を越え
現状を認められずに、
固く閉じた目。

恐ろしさから、
震わせる体。

そこにもう仄かに息吹く淡い光はなかった。

一瞬の出来事に、
状況を把握出来ないまま横たわる
隣に膝を曲げて屈み込んだ。

「何してんの?」

それに反応し、
ゆっくり瞳を開ける。

「慎ちゃん…」

俺の姿を確認するや、
見開かれた瞳から、
大粒の涙を溢した。

泣きじゃくる体を抱き起こし、
そのまま抱えて茂みを抜け出す。

外灯の明かりに照らし出された、

頬には涙の後とは
別の赤い腫れ。

泥と芝で汚れた服は、
胸元を引き裂かれ、
白い膨らみがチラ付く。

手足には痛々しい生傷。

制服の上着を脱ぎ、
葵に覆い被せ。

そっと取った手首には、
強く掴まれた後が
くっきりと残っていた。

俺の制服に包まれた葵は、

「慎ちゃんの香りだ…」

微かに微笑む。

少し落ち着きを戻した
葵の前を歩き出した。

ブカブカの上着を纏い、
ちょこちょこと後ろに付く、
葵を密かに何度も振り返った。

無言で歩き続ける俺の腕を、
不意に葵が引き寄せるので、

立ち止まり振り向くが、

「…何?」

黙ったまま俯くだけ。

沈黙の後、
痺を切らすのは、

「…怒ってねぇから」

やっぱ俺か…。

「…怖かったよ。
でも慎ちゃんが絶対助けてくれるって信じてたから」

涙を浮かべ。

「あのなぁ、前に言っただろ?
助けられるとは限らねぇって…」

溢れ出す涙を手の甲で擦る。

「いつか…助けてやりたくても、出来ねぇ時だって来んだよ。
必ず居合わせるなんてこと…
今のままじゃ無理

「でも慎ちゃんが助けてくれた」

俺の台詞を遮り、
この胸に飛込んでくる。

俺は未だ、
抱き締め返す訳には、
いかなかった。

何故か強くそれを思ってたんだ。

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