幾千の夜を越え
「…ん…こん…」

少女の声が耳に届く。

「ん〜…」

まだ眠い目を擦りながら
上体を起こし伸びをする。

「右近又こんな処で寝てたな」

声の主は…
年の頃は6歳といった所か?
可愛らしい少女が
俺の顔を覗き込んでいる。

「ん?」

少女の顔を正視するが、
誰だったか思い出せない。

「又稽古をサボったな?
左近は真面目に修行中じゃぞ」

辺りを見渡すが他に人の姿はない所を見ると少女が話す相手は俺…なんだろう。

当然のことながら部屋で寝ていた俺には状況が飲み込めず。

頭に手を置く…

手には髪以外の感触。

それを外す際に気付く髷…
手に取ったそれは肌触りからして絹だろうか?
型式から見て立烏帽子だろうな。

徳の高さが窺える。

俺も少女の着ている服も着物だ。

辺り一面草木に囲まれた城下町を見渡せる小高い丘の上に俺は居た

「尊…」

思わず口を吐いて出た言葉に、
自分で驚く。

「何だ?」

返事をするということは、
普段そう呼ばれているのか?

だが尊とは本来貴人の名の敬称。

名前に付けるものだ。

「此処で何されてるんですか?
尊は只今身清めの儀の最中では?其れ故愚生は此処で…」

次々に口を吐いて出る台詞…。
俺が俺であって俺ではなく。

もう身を委ねよう。

「右近…余を尊と呼ぶな!
余の名は…」

「いけません!」

自分の声に驚き
少女を直視する。

「驚かせて申し訳ありません。
ですが尊は名を誰にも知られては為りません愚生とても例外では…御座いません」

頭を地に付ける勢いで下げ姿勢を保つ。

「何故なのだ?皆が余を尊と呼び本来の名を隠すのは何故だ?」

鼻に掛かる感じから
泣いているのだろう。

然し俺が頭を上げることはない。

「尊とは神…
あなた様は神の化身で御座います故に皆に慕われ尊われるのです。本来の名とは言霊…今生のもの。お命危ぶまれるやも知れないからで御座いますお聞き訳ください」

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