幾千の夜を越え
夕食の支度に神野家に戻る葵は
俺の手に指を絡めて握り
恋人繋ぎだとはにかむ。

「慎ちゃんの彼女は私だって…
皆に見られるかな?」

いじらしく振る舞う葵には
申し訳なく思うが…。

左山の奴が茜を俺の女だと思って迫っているのだとすると…。

「葵…外ではあんま俺に寄るな」

その手を離す。

もし葵の存在が左山に知られれば恐らくは葵にあっさり乗り換えるだろうことは容易に想像出来た。

茜には悪ぃがカモフラージュに
なってもらうか…。

然し何故左山の奴は俺に対抗心を剥き出しにしてんだ?

今日初めて会った奴だぞ?

少なくとも俺は
奴に全く以て覚えがねぇ!

今まで食ってきた女がらみか?

それなら話は繋がるな。

逆恨みも良いとこじゃねぇか!

俺に女を奪われた奴は
今度は俺の女を奪いに
態々関西から転入までして来た?

ちょっと待てよ?
俺に関西の女の記憶はねぇだろ?

そりゃ確かに…葵以外の女の顔ははっきり言って記憶には残らねぇけどそんだけの特徴を忘れるか?

すっかり左山に気を取られていた俺は葵の哀し気な様子を情けねぇ見逃していた。

そして又、
神野家でおじさんに言われるまで古書の存在自体抜け落ちていた。

「すんません!
おじさんに借りた本読めてねぇ。って言うか…難し過ぎて進まねぇから途中で諦めたって言うか…」

申し訳なさから口籠る俺に、

「あの本は元来君の物だから、
それは気にすることは無いが…。成程そうかまだ早過ぎたかな?」

おじさんが突飛な事を言い出す。

「慎輔君…悪いが暫くの間葵を
君の家に置いてもらえないか?」

「は?おじさん何言ってんだよ?俺と葵は付き合ってて男と女で…つまり何が言いてぇかってぇと」

俺の狼狽える様子も気にすることなくおじさんが引き継ぐ。

「もちろん無理強いは良くない!葵の親として先に言っておくが、葵の意志を尊重してやってくれ。葵の同意を得てからと言う意味だ解っているね慎輔君?」

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