幾千の夜を越え
飯の間ずっと茜の心は、
此処に在らずで上の空だった。

「初めての熱烈なラブコールに放心
してんのか茜らしくねぇな?」

俺の冷やかしにも一睨みするだけ何の応答も返さなかった。

「良いじゃねぇか茜を女として
奴だけは見てくれたんだぜ?」

『だけ』を強調してやった。

俺はぶっちゃけ葵さえ死守出来るなら他はどうでも良いらしい。

「左山は顔は良いし背丈も俺と
んなに変わらねぇからな…。
あの制服は何処だか知らねぇけど授業には付いてこれてたから頭も良いと思うぜ?」

どうあっても左山と茜をくっ付けたいのは…。

左山のターゲットが
葵に移行しねぇ様に。

葵の誤解を
完全に断ち切る様に。

晴れて俺達が
堂々とイチャ付ける様にだ。

我ながらマジ酷ぇ男だと思うぜ。

俺には葵以上に大事なものは
ねぇんだから仕方がねぇよな。

葵がらみじゃなけりゃ茜にも
同情してやったんだけど。

此ればかりは許してくれ。

「案外良い奴かもしれねぇだろ?付き合う前からんな悩むなよな」

夕飯を食い終えた茜は
去り際に俺にだけ聞こえる声で

「左近様の想い人は右近様と同じ今も…昔から何も変わらない」

右…近…。

その単語だけが脳裏に渦巻く。

何なんだよ!
左山にしろ、茜の奴にしろ!

右近様だと?
誰だってんだよ!

今も昔も変わらない?
俺の名前は産まれた時から
右川慎輔だ!

葵に出会った瞬間から
全身で求めてんだよ!

右近だか左近だか知らねぇが、
ノコノコ出て来てでしゃばってんじゃねぇよ!

お前らが惚れてんのは別の女だ!

葵じゃねぇだろ!

これ以上俺達に
関わるんじゃねぇよ!

怒りのままに茶碗を叩き降ろす。

体をびくつかせた葵が
涙目で俺を見つめる。

「悪ぃ…驚かせちまったな…」

その頬に手を伸ばした。

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