幾千の夜を越え
「…ん様?右近様?」

声の主を捉えるべく顔を上げる。

「大変お疲れの様で御座います。日々研鑽も宜しゅう御座います。併しながら右近様の御身は珍重で御座います故に希求致してます」

年の頃は9.10歳
といったところか?

可愛らしい少女が
俺の顔を覗き込んでいる。

「太蔵丸気にするな!
皆が寝静まった今が時だ。
お前ももう寝所へ戻れ」

太蔵丸?
俺は又自分の夢を別角度から
見ているということだ…。

右近…。
どうやらそれが俺の夢の呼び名。

「男女7つにして籍を同じくせず…影と言えど小生も又然りです。
右近様は唯一尊のお側に厳存を
許されたお方では御座いませんかお戻りくださいませ」

その厳然たる態度が
俺は微笑ましくて…。

「太蔵丸の機知を利かせた賢慮に感謝し戻るとするか」

彼の頭を撫で付けた。

嘆賞に気付いのか
嬉しそうにはにかむ。

彼の背中を見送り
俺は又文面に視線を戻す。

「今夜も遅くまで習得に勤しんでおりますな…。
この様な勤勉なお姿を尊は無論、左近様までもご存知無いとは
悲愁で御座いますな…」

背後から掛けられた声に
膝を回し向き合う。

「過分の御言葉痛み入ります。
左近も格別な努力家で御座います故に日中の尊の護衛に荒行と温習小夜更けての役目は後免蒙る。
左近と云えど年端十の小僧です。
後夜の譲歩允許頂きたい」

軽く下げた頭からも
この僧侶と同等の立場にある事が見受けられる。

「左近様同様右近様もでしょう。貴方は御自分のお立場を存分に
知得して居られ左近様を助言し、指南してはおりますが主導したら如何ですかな?」

僧侶に首を軽く振り

「左近は自我の強い男ですから、自身の先導には反発致します。
其故自身は左近より向上しなければ為りません」

僧侶に深く頭を下げ
膝を回し背を向けた。

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