幾千の夜を越え
右近…左近…尊…
どうやら前回の夢の続きだろう。

此れが夢だからなのか、
目線で追う文字はすんなりと頭に通されていく。

昨今の日照りの影響で、
直ぐ近くの村が飢餓状態にある。先見の明にて日頃より雨水を蓄え農作物を確保してあるこの村には今のところ実被害は出ていない。

「時間の問題だな…。
このまま雨が降らねば何れは渇れ暴徒する氏子が出るやも知れぬ。さすれば尊に危険が及ぶ…。
早急に手を打たねば為るまい」

腕を組み何かを考え込んでから、徐に立ち上がった。

「致し方あるまい…。
父なる神よ許されよ」

呟き
庭先に出る。

指先を何度も組み替え
巧みに印を結んで行く。

胸の前で片手の平を空に向け
片手の平をその上に立てる。

「…ぅ…ん!」

それを力を込め前に押し出した。

右足の付け根に
鈍い痛みと熱を感じる。

俺が部屋を出て
障子戸を閉めると
月が厚い雲で覆われ
暗夜へと姿を変えた。

寝所へと着く頃には
空は音を立て始める。

まだ暁の最中
足音と共に近付いて来る

「成りません」
「お戻りください」

女官達の尖り声と

「黙れ!右近に用があるのだ!」

張り上げられた怒声。

「左近様此処を何処だとお心得で御座いますか?
左近様と言えど足を踏み入れても宜しい場所では御座いませんぞ」

錆び声の一喝で
騒ぎは鎮まった様だ。

重い体を起こし
寝巻きのままで
廊下に続く襖を開け放つ。

「何事だ…」

雷雨の空を見上げ

「朝まだきではないか…」

冷然と答える。

「申し訳御座いません」

女官達の平謝りの横で
左近が俺を睨み付ける。

「篠突く雨で目覚めた!」

左近の罵声に

「成程…此れでは眠れまい」

暢気に答えるのが
気に入らないのか

「昨今の日照り続きに究竟の暴風雨とは怪異!」

怒気を強める。

「暴雨ではあるが暴風ではない。稀有な事も有るものだそう訝るな…適宜ではないか」

闊達に応答した。

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