幾千の夜を越え
「あれ?右川君…ぶつけたの?」

デッサンの最中
不意に部長に声を掛けられた。

「そこ…太もも?お尻かな?」

指し示された箇所に視線を移す。

「ん?マジ?
ぶつけた覚えはねぇけどな…。
前からの痣とかじゃねぇの?」

「それはないわ…。
昨日までは確かに無かったもの。モデル頼んで於いてなんだけど…時間も無いし気を付けてね。
私の作品は展示会出品用なのよ。将来が左右される大事な作品で、途中降板なんて許さないわよ?」

笑いながら言ってはいるが
目がマジな分余計迫力を増した。

「分かってる…」

だけどぶつけた記憶は無い。

俺は寝相の悪い方じゃねぇし…。何より昨夜は葵を抱いて寝たんだ身動き取れる状態にはなかった。

起きてる間の出来事なら覚えてる筈なんだが?

頭を捻り指先で押してみる。

青痣特有の鈍い痛みは
感じられなかった。

やはり前からあったんじゃねぇ?

否、気付かねぇ筈ねぇよな…。

他人ならともかく俺自身が…。

小さくてもくっきり鮮やかに浮かぶこんな痣を今まで気付かずにいるだろうか?

モデルやってたお陰でこの痣が
昨夜から今までに残されたものであることが解ったんだが…。

俺はまだ腑に落ちずにいた。

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