幾千の夜を越え
「左近…気付かないか?」

縁側から曇り空を見上げたまま、背後に立つ少年に声を掛ける。

「右近が力を使ったからじゃないのか?」

目線を動かし彼を視界に捉えたが直ぐに戻した。

「何の話だか見当も付かないが…この空模様は少し気になるな」

至極穏やかに何も気にする様子も見せずに続ける。

「日照り続きに代わり次は長雨と実に不快ではないか」

また…あの夢の続きだ。

「では又右近が力を使えば早い」

微かに口角を緩める。

「左近は何を勘繰っておるのか、かの様な力は持たぬのだがな。
もし有るとするなれば一度お目に掛けたいものだな」

「何を白々し…」

鼻を鳴らす少年を背に
黙って空を見上げていた。

「左近…風の力が弱まっている。風神殿の気紛れならよいのだが…何ぞあったやも知れぬ。
心当たりはないか?」

「知らん!
生憎俺は風神の落とし子などではないのでな。
右近は紛れもない鳴神の落とし子だろう何か解るのではないか?」

声を荒げ皮肉を込める。

「左近…お前と同じだ」

鳴神ってのは別名雷神なのだが。

風神…雷神…。

右近と呼ばれる俺は恐らくは
この夢の世界でも異質な存在で、
左近も本来は同質の存在…。

「俺は右近とは違う!
偶々風神の落とし子になる奴と…生誕したのが同じだっただけで…俺は…左近になれる器ではない」

吐き捨てると飛び出して行った。

風が止んだ…。

「左近…焦らずとも風は素直に、お前の心を映しているではないか今宵は颶風を吹き荒らすか…。
困った者だな…」

雨に濡れるのも構わず庭先に降り鼻で深く息を繰り返す。

躰の芯から熱くみなぎる力に

指先にまで神経を集中させ

印を結び出す。

足の付け根…
腿に燃える様な痛みを覚える。

空に目掛け気を放つと
その変化を見届けることもなく

「この陰雨では作物も根腐れしてしまうことだ…。
左近の為などではないぞ」

自分への言い訳だろうか呟き

引き戸を閉める。

雨音だけが間延びになり
やがて止んだ。

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