偏愛ワルツ





私は車のドアを開けた。彼女へ振り返り、「送っていこうか」と訊ねたが、首を横に振られた。

「歩いて帰りたい気分」

「でももう時間も遅い。ご両親が心配するぞ」

「大丈夫。友達のところに泊まるって言ってあるから。今から帰ったって、友達のところに泊まれなくなったって言えばいいだけ」

「それで通じるのか」

「そ。言えばいいだけ。あとは不干渉」

「便利な家だ」

笑いはしたものの、私は、車のドアを閉めなかった。

「送っていく。ひとりでは帰らせない」

「イヤ。乗んない。選択は二つに一つだよ、おじさん。私をひとりで帰すか、私を車に乗せて、おじさんの家に連れていくか」

「……それはできない」

左手の薬指が急に、ギチリと締めつけられたようだった。

あどけなく彼女は笑う。八重歯が覗いた。

「じゃあダメ。私、歩いて帰る」

「……そうか」

いつも、そうだ。

彼女は雪のように白く、無垢な心を持ち、雪のように手をすり抜けていく。うまく掴まえることができない。
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