偏愛ワルツ
少し思い立って、足を動かした。

彼はまた蹴られるとでも思ったのか、目を見開いてびくつき、わずかに体を反らして、顔を強張らせる。

その顎下に、そっと爪先を入れて、上向かせる。たまには、微笑んであげよう。

「知ってるかしら。キスはね、好きな人にするものなのよ」

「……」

「好いてあげる」

「え」

「だから、私を満足させなさい? ちゃんとできたら、その分、ご褒美だってあげるわ」

「は、はいっ」

彼が、暗闇で光を見つけたようにとろけた顔をする。

だから、その甘えを、蹴飛ばしてやった。

無様に倒れる彼に、「調子に乗るんじゃない」と釘を刺しておく。

自分で言っておいてなんだが、キスは好きな人にするものじゃない。

相手を好きかどうか、確認するためのものだ。

彼は私の命令に従う。

彼が私からご褒美を与えられる時、おそらく、私の中で彼の価値が決定するだろう。



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