偏愛ワルツ
「先生?」

と呼びかけられて、ギョッとする。慌てすぎて、パンプスが滑った。

彼女は、鏡越しにあたしを見ていた。

「ご、ごめんね。見られてたら恥ずかしいわよね」

小さな隙間だったが、あたしは確かに見ていたのだ。天使のあられもない姿に、同じ女でありながら欲情すらした。

「先生……」

「なに、かしら」

「先生は、かわいいですね」

慌てふためくあたしをどう見たのか、言葉の意味そのままか、天使は桃の花より淡く微笑んだ。

ああ、ダメだ。ダメなのだ。そんな笑顔は反則過ぎる。

オーバーオールに着替えた彼女は、内側からかおる若々しさで、まるで男の子のようだ。

もちろん髪は長いし、顔立ちも少女のそれだ。が、あの不良にうんざりしていたあたしは、彼女がこのまま美青年に成長していくとこまで想像できた。

かわいい、男の子――あの不良とは対極の、愛でるべき純真さ。

どうしようもなく惹かれる。あたしの、禁忌への憧れが疼く。

「あ、これも一緒にどう?」

とにかく手を動かしたくて、近くにあった赤いキャップを少女に被せた。缶バッチのついたキャップだ。

やはり、似合う。髪の長いのがあれだが、でも似合う。
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