偏愛ワルツ
そのまま引っ張られ、座らされたのは兄の足の間だった。私のお尻は、開かれたその間にすっぽり、すとんと落ち着く。私の心も落ち着く。そこが、私も好きなのだ。

シートベルトのように、兄が私の両肩から腕を回してきた。兄の鼻先が、私の耳元に来ていた。おしゃれというわけでもない、なんの変哲もない黒フレームのメガネが、首筋に当たっていた。

息を吸う音が、長い。それが、私のにおいを嗅いでいるのだと気付くと、緊張する。兄に抱き締められているという理由以上に、肩が縮こまるのがわかった。

吸った息を少し吐き、兄が鼻を鳴らす。笑ったのだ。

「かわいいよ。とてもかわいい」

「あり、がと」

素直さだけが取り柄なのに、素直に「ありがとう」が言えなくなったのは、いつからだろう。

なぜなのかぐらいは、わかっている。動揺しているのだ。相手はなにせ、私を愛する、実兄なのだから。緊張しないほうが、冗談だ。

「お前は僕の天使だよ」

翼はもう、もぎ取られてしまったのに?

「ずっと好きだった。これからだってずっと、もっと好きでいる」

私は、アナタの、妹なのに?
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