偏愛ワルツ
腕を振って、彼女の手を解く。昨日のようにきびすを返すと、足音がついてきた。

振り返らない。振り返ると、それこそ、彼女の思う壺だと思ったから。ただ、顔は見ずとも、彼女は笑んでいる気がした。案の定、「く、く」と笑いをかみ殺しているのが聞こえる。

きっと今、教室で時々見せるように、八重歯をほんの少し覗かせているんだ。

僕は意地でも視線を出口の扉に釘付けた。

「なんでついて来るのさ」

「だってそっち、出口だもん」

「そう。じゃあ僕は向こうのから出る」

「そう」

遠いほうの出口へ足を向けると、彼女の足音が続く。僕の後ろに。教室の中央あたりで立ち止まった。振り返りは、しない。

「なんでついて来るのさ」

「だってそっち、」

「君は向こうから出ろよ」

「いいじゃない。個人の自由よ」

「そう」

ひねくれた相手にはひねくれて返したくなる。

ただこのときに思いついた言葉は、「じゃあ先に君が出て行け」だった。

けれど、そうなると彼女はきっと、絶対に教室に残るんだろう。

早く出て行ってほしいと焦れる僕を見て、目を細めるんだろう。

彼女には……なんの予定もないのだろうか。ないからここにいるのだろうけど。
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