偏愛ワルツ
いいや、と通じもしない嘘をついて、降車ボタンを押した。早いもので、もう二十分もバスに揺られていた。バス停で過ごした時間より、短く感じたのは……会話があったからだろう。

「次で降りるの?」

「ああ」

「じゃあ私は……あえてその次ので降りようっと」

「ついて来ると思った」

「来てほしかった?」

「ぜんぜん」

「安心して。今日はここまでって決めてたから」

彼女はそう言ったのに、バスが徐行スペースに入り、僕が降車口へ向かうと、ぴったり後ろをついて来た。バスの中でまで、足音を合わせて。きれいに、一歩分後ろを。

バスカードを差し込む前に、振り返る。言いたいことを、言葉にはしない。ついさっきのやり取りなのだ。忘れたなんて言わせない。

ほんの三秒もないくらい見つめ合うと、彼女は小刻みにまばたきをした。

「えへへ」

なんて笑う。肩がすくまる。かわいらしい仕種だったが、逆に、鼻にかかった。

「言葉を使わずにわかり合うなんて、恋人みたいだね」

鼻にかかるどころか、腸が煮え繰り返った

「その茹だった脳みそぶちまけて、死んでくれない?」

高校生カップルの青臭い別れのひと時だと思っていたらしい運転手のおじさんが、驚いて僕を見た。

ただ彼女は、まったく動じない。それどころか、「うん、ありがと」と満面の笑みで手を振り、僕を見送る。

ドアが閉まる、最後まで。






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