偏愛ワルツ
「家にいたくないんだ」
なぜ私はそう思うのだろう。
「なにか、ありました」
「わからない」
なぜわからないのかわからない。いや、そうではなく、唇が動くままに喋っているのだ。
まるで、あの少女が電話口で発した、「来て」のように。
「わからない?」
「ただ、外に出たい」
「これからですか?」
時刻は十時を回っているが、時間など関係なかった。これから、一分か、五分か、三十分か、一時間か二時間か、はたまた朝まで外にいるかも、決めていないのに。
「ああ。……来ないか?」
「……」
「外に出たいんだ。今は家の中より外にいたい」
「………」
返事はせず、妻は私に一歩近づいた。掴まれている腕を抜くように、私の手に手を当てる。手のぬくもりは、少女も彼女も同じだったが、香りは違った。人差し指と中指の長さも違った。指の腹が私の手の甲に触れる。その弾力も違った。ぬくもりだけは同じなのに。
「お付き合いします」
「ああ」
社交ダンスに誘ったような気分だった。手を取り合ったまま、妻がパンプスを履く。扉を開けると、春先といえど冷えた空気が滑り込んできた。妻のフレアスカートが靡く。
「少し寒いかもしれない」
「大丈夫です。手があたたかいですから」
「そうか」
なぜ私はそう思うのだろう。
「なにか、ありました」
「わからない」
なぜわからないのかわからない。いや、そうではなく、唇が動くままに喋っているのだ。
まるで、あの少女が電話口で発した、「来て」のように。
「わからない?」
「ただ、外に出たい」
「これからですか?」
時刻は十時を回っているが、時間など関係なかった。これから、一分か、五分か、三十分か、一時間か二時間か、はたまた朝まで外にいるかも、決めていないのに。
「ああ。……来ないか?」
「……」
「外に出たいんだ。今は家の中より外にいたい」
「………」
返事はせず、妻は私に一歩近づいた。掴まれている腕を抜くように、私の手に手を当てる。手のぬくもりは、少女も彼女も同じだったが、香りは違った。人差し指と中指の長さも違った。指の腹が私の手の甲に触れる。その弾力も違った。ぬくもりだけは同じなのに。
「お付き合いします」
「ああ」
社交ダンスに誘ったような気分だった。手を取り合ったまま、妻がパンプスを履く。扉を開けると、春先といえど冷えた空気が滑り込んできた。妻のフレアスカートが靡く。
「少し寒いかもしれない」
「大丈夫です。手があたたかいですから」
「そうか」