悲しき恋―時代に翻弄されて―
「…されど、わらわとその方は契りを交わしてはおりませぬ。いつしか、わらわは父上の為にどこかの大名に嫁ぐことはとうの昔から決められております故。」

無理矢理笑顔を取り繕っても、痛々しいだけだった。
儚い行き場のない想いだけがあたりを右往左往していた。

「…そうか。色恋もまともに出来ぬなんて、辛かったな。」

老婆はそう言うと涙を止める術を見つけられずにいる千与の頭を優しく撫でた。


その温かいぬくもりが、千与の心に滲みた。優しくも強い、その寛大な老婆の心が千与の涙をまた溢れさせる。

「―そなたの名はなんと申す?」

「…エ、千与です。」

エバとして生きていくと誓ったけれど、彼女は千与と名乗ってしまった。

「エ、とはなんじゃ?」

千与の頭文字"チ"とは異なるその"エ"に、老婆は首を傾げた。

「わらわはキリシタンで、エバと云う名を伴天連から頂いたのです。」

「そうか。ならば、エバ。そなたは優しい心の持ち主故、我慢しておることもたくさんあるじゃろう。されど、必ずしも我慢が全てよき方向に向かうとは限らぬのじゃ。」
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