悲しき恋―時代に翻弄されて―
キリシタン、その単語に老婆は眉一つ動かさなかった。偏見や差別はないのだろうか。

そんな千与の考えをまるで手で取るかのように理解しただろう彼女は再度口を開いた。

「宗教なんぞ、自身の自由。他人がとやかく言うことではあるまい。人目を気にせず凛としておりなさい。」

「―はい」

老婆の心はなんて清らかなのだろうか。深くて、広いその心。海と等しい程だった。

「わしは、一(イチ)、お一と皆から呼ばれておる。」

「お一さん?」

「ああ。婆を付けぬならなんて呼んでも構わぬぞ。」

老婆、いやお一はそう笑った。気付くと、先程までとめどなく流れていた千与の涙は涸れていた。
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